小説家は自分のキャラに「俺の嫁」「私の婿」と言ってよいのか否か

素材はずんだもちこさんの作品を拝借しました

時々書いている「小説家は…」シリーズ。

小説家は打ち合わせの時キャラクターの名前を言うのか否か

小説家は版元に敬称をつけるのか否か


今回は自分のキャラを「俺の嫁」「私の婿」と言っていいのか否かです。


こんなことを考えるきっかけになったのは、こちらの自分のツイート。

天祢涼は基本的に、自分が考えたキャラクターとは一定の距離を取るようにしています。以前は感情移入することすら完全に排除していました。でないと独りよがりに陥ると思っていたからです。

さすがに最近は「それはまずい」と思って、ある程度は感情移入して、キャラクターと一緒に怒ったり、泣いたり、誰かを好きになったりしながら書くようにしています。自分の心を抉れない話が、読んだ人の心を抉れるわけないですからね。

が、それも「一時的な同化」であって、自分が考えたキャラクターの「熱狂的なファン」にはならないようにしてきました。前述のとおり、独りよがりになることを避けるためです。


この考え方が間違っているとは思いませんが、少し前に読んだあるマンガの作者さんが「●●(ヒロインの名前)かわいい! と思いながら描いている」みたいなことを書いてました。そして実際に●●はかわいくて、読者人気も高いのです。天祢涼も「俺の嫁!」と叫びたいくらい。

こういう成功例を見ると、一時的でなく恒常的に自分のキャラクターを愛しまくって、自重せず「俺の嫁!」と叫んでしまってもよいのかな、と思います……友風子さんが描いてくれる巫女さんは毎回かわいすぎて、自重するのも一苦労だし(笑)。


「俺の嫁」「私の婿」と愛情を爆発させまくった方がいいのか、一定の距離を置くべきなのか。正解はないと思います。というわけで、この記事も特に結論を出すことなく終わる。