『岳』があまりにおもしろかったので最終回を考察してみる

漫画も好きなミステリ作家・天祢涼です。身内から「おもしろいから読んでみて!」とオススメされた漫画『岳』を、先日、読破しました。

作者は石塚真一先生。北アルプスを舞台に、山岳救助ボランティアの島崎三歩が活躍する漫画です……などという説明が不要なくらいの人気作ですね。読んだことがなかった私も、タイトルと内容はなんとなく知っていました。

まず最初に断っておくと、天祢涼は山に登りません。それは、この漫画を読む前も、読んだ後も変わりません。仕方ないでしょう、高所恐怖症なんだから

そんな登山不可能人間なため、正直、当初はなかなか作品に感情移入できませんでした。しかし、登山が趣味で、山岳救助の小説も書かれている大倉崇裕さんに「すごくおもしろいので、ぜひ最後まで読んでください!」と言われたので、少しずつ読み進めているうちに気がつけば夢中になり、仕事そっちのけで読み耽り、数日で全巻読破。いやー、おもしろかった! 食わず嫌いしていた自分が恥ずかしいくらいです。

読了した人たちの間で意見が分かれている様子なのが、最終回。このラストは非常に印象に残りますね。あまりにおもしろかったので、ミステリ作家ではなく一人の漫画好きとして書かずにはいられなくなったので、この最終回を考察してみたいと思います。

※最終回を読んだ人向けの記事です。ネタバレしています。未読の方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終回で意見が分かれているのが、三歩の生死です。

ここまで、どんなときも笑顔で遭難者を助けて、「良く頑張った!」と言ってくれた三歩。しかし彼は、最終回直前、エベレストの救助の果てに意識朦朧に。なにも入ってないカップを口につけてコーヒーを飲んだ気になって、虚ろな目をして一言、「帰るか……」。

そして最終回。劇中で5年の歳月が流れており、三歩はまったく出てきません。北アルプスでの救助活動は、完全に三歩抜きで行われています。それどころか、ナオタがお空に三歩の顔を見るシーンまで。これはもう、三歩がエベレストで死んだとしか思えないラストです。

実は私も、初読のときは三歩が死んだと思って衝撃を受けました。阿久津の怪我を機に、ヒマラヤに旅立って新たな自分をさがしに行ったはずの三歩。なのに死んじゃったの!? そんなのあり!?

が、読み返して確信しました。島崎三歩は死んでいません

根拠は3つあります。

①コーヒーカップが直ってる

これは気づいた人も多いと思いますが。

ナオタからもらったコーヒーカップは、最終回直前では壊れて欠けています。しかし最終回の最終ページ、カップは直っていて、中でコーヒーが湯気を立てている。エベレストの救助後、三歩が直したとしか考えられません。

しかもコーヒーが入った状態で雪に埋められ立っているということは、三歩が「ナオタが山に登ってくるのを待っている」ことを示唆した描写なのだと思います。

②久美ちゃんたちに悲愴感がない

最終回で「三歩さんが北アルプスから去って5年」と明記されています。5年という歳月は、それなりに長い時間です。その点を差し置いても、久美ちゃんをはじめ北アルプスに残った面々に悲愴感がまったくないのは不自然です。三歩が死んだのなら、少しはかなしそうにしている場面があるはず。少なくとも久美ちゃんは、どんなに成長したとしてもそういう一面がある女性でしょう。

牧さんに悲愴感がないのはわかるんですよ。彼は、そういうのを見せない男ですから。「そうか。三歩が死んだか」と冷静に言いつつタバコを逆さまに咥えて、それを久美ちゃんに指摘され、指を震わせながら咥え直す……そういうシーンはありだと思います。 ※俺の中の牧さんはそういうイメージ

とにかく、北アルプスの面々はカラリとしていて明るい。とても三歩が死んだとは思えません。

おそらく三歩は「俺はこのままエベレストに残って救助をやることにしたよ。リュックは勝手に空けていいから。あとはよろしく!」みたいな手紙を送ってきたのでしょう。だから久美ちゃんたちは、三歩不在でリュックを開けた。阿久津が飾っていたのは、エベレストから送られてきた三歩の写真。

こう考えれば、「三歩さんが死んで5年」ではなく、「三歩さんが北アルプスから去って5年」という書き方がされていることも頷けるでしょう。

③三歩の友人二人の行動

「三歩生存説ならともかく、エベレストで救助を始めたなんて飛躍しすぎ」という指摘もあるかもしれません。しかし、これも最終回で野田が出てこないことを考えると、あながち的はずれではないのです。

野田は、長野県警の山岳遭難救助隊員のリーダーであり、三歩の高校時代からの親友。久美ちゃんや阿久津を指揮しながら、長らく北アルプスで救助活動に当たってきました。しかし、阿久津負傷の責任を取らされ、異動になってしまいます。

仮に三歩が死んでいるなら、この野田が最終回に出てこないのは、あまりに不自然です。どこかの警察署で仕事をしていて、「三歩が死んで5年か……」などと感慨に耽るシーンがあってもいいはず。

そういうシーンがなかったのは、野田は既に警察を退職していて、三歩と一緒にエベレストで救助活動をしているからではないでしょうか。

野田は冷静に見えて、三歩曰く「熱い男」。おまけに根っからの山男です。事実上の左遷を喰らって山から離れて、耐えられるとは思えません。

三歩がエベレストに残ったことを知った野田は、居ても立っても居られなくなり、警察を退職。そのまま三歩のもとに駆けつけた。このシーンを描いてしまうと、三歩の生存が読者に明示されてしまう。だから野田は、最終回に出てこなかったのです。そうとでも考えないかぎり、これほど重要なキャラクターをスルーする理由はないと思います。

ちなみに、久美ちゃんに散々アプローチしていたザックがあっさり北アルプスを去り、アメリカのアウトドアスクールで働き始めたのは、三歩の決断に影響されたから。初読のときは「お前、久美のことはいいのかよ!」とツッコミを入れてしまいましたが、ザックはそんないい加減な男ではないはず。「三歩の影響」と考えれば、この唐突な行動も腑に落ちるのです。

なぜ、こんな最終回にしたのか

異論反論はあると思います。「三歩が生きてるなら、わかりやすくそう描けばよかったじゃないか」という意見もあるでしょう。しかし10年近く続いた漫画の最終回です。普通に描いたのではつまらないし、読者の印象に残らない。

そこで石塚先生が選んだのが、この「主人公の生死をはっきり描かない」という手法だったのではないでしょうか。

おかげで我々読者は、三歩くんのことが気になって、あれこれ考えてしまう。自分も、こんな長い記事を書かずにはいられませんでした(笑)。最終回で三歩の生死がわからず、賛否が分かれている時点で、我々は石塚先生の術中に落ちているのです。それは即ち、石塚先生のストーリーづくりが巧みであり、『岳』が傑作であるということ。これはもう、絶対に間違いありません。

『岳』。本当に、すばらしい漫画でした。

……ここまで書いておいてなんですが、石塚先生が「三歩は死にましたよ。そんなの、読めばわかるじゃないですか」とおっしゃるなら、天祢涼はこの記事を消して全力でなかったことにする所存です

さすがに記事を消したりはしない。せっかく書いたのにもったいないからね(^_^;)
一読者としては忘れられない最終回だったし、ミステリ作家としては「こういう見せ方があるのか!」と衝撃を受けました。忘れられない漫画です、『岳』。
by 天祢涼