天祢涼は人格者にあらず

最近、「天祢先生は気さくでいい人」「天祢さんって人間ができてますよね」と評してもらえる機会が立て続けにありました。

声を大にして言うべきなのでしょうが、そんなことはないです。表に書いてないだけで、編集者と揉めたことも何度かあります。一度、完全に頭に血がのぼって「俺は怒ったぞー、フリーザー!!」と叫んだ超サイヤ人みたいになったこともありますし。

揉めたのには理由があります。例・「発売したら●●します」と約束しながら反故にされた、誤植を出しても開き直られた、一方的に刊行中止を宣告されたetc.

念のために書いておくと、一発でいきなりキレたことはないです。「問い合わせても返事が来ない」「打ち合わせをすっぽかされる」など、そこに至るまでの積み重ねの結果、爆発しています。

でも、それは天祢涼の言い分であって、編集者には編集者の言い分があるんだろうと思います。実際、ある編集者に関して、ベテラン編集者から「あんないい人と揉めるなんて信じられない」と苦言を呈されたこともありました。

だから揉めてしまったのは、完全に当方の不徳の致すところ。はっきり言えば、人間として未熟だったということです。抗議するにしても、もうちょっと粛々とすればよかったと反省していて最近は落ち着いております。

以上、揉めた編集者からすると「なに善人ぶってやがる」と苦々しく思っているかもしれないので、一応書いておきましたm(_ _)m

……まあ、天祢涼と揉めた編集者がこのブログを見ている確率はゼロに等しいわけですが(^_^;)