『X-MEN:フューチャー&パスト』感想

折り曲げた跡がついてしまった……

今週から来週にかけて〆切り、取材旅行、打ち合わせと慌ただしいのですが、中途半端に時間が空いたため、近所の映画館で『X-MEN:フューチャー&パスト』を観てきました。アイ・ラブ・X-MENな天祢涼にとっては心から楽しめる傑作でしたよ。その興奮にのって、観賞後の雑感を少々。

なお、映画本編どころか、最近の原作のネタバレもしております。それがOKな方のみお読みください。

がっかりポイント

のっけからなんですが、過去と未来のX-MENでオールスター共演を期待していただけに、過去パートのミュータントが少なすぎて残念でした。

「この戦いは誰が喜ぶんだ!?」とツッコミを入れることで喜ばせてくれたバンシーとエンジェル、ナイトクローラーとの絡みを微かに期待していたアザベル等々『ファースト・ジェネレーション』のミュータントはほぼ登場せず。未来パートのX-MENもセンチネルにやられるだけなのでカタルシスに乏しい。

この点は、事前に期待していたものとは違いました。

その分ドラマ性アップ

もっとも、がっかりしたのはそれくらい。登場ミュータントを絞ったおかげで、プロフェッサーX、マグニートー、ミスティークの心情が掘り下げて描かれ、ドラマ性が増しました。「若い時代の我々が問題だ」と振り返るマグニートーとか、「若い私を導いてくれ」とウルヴァリンに頼むプロフェッサーXとか、過去と未来が絡むならではの展開もよかった。

また、映画初期から粗野な役回りだったウルヴァリンが、若き日のプロフェッサーXを説得する展開も胸が熱くなりました。ラストでプロフェッサーXが「私は君との約束を守ったよ」と誇らしげに云うシーンは、とかく「腹黒野郎」「こいつがいない方が世界は平和」などと云われがちなプロフェッサーXの、数少ない(?)純粋な名場面ではないでしょうか。

そして無かったことに

今作でウルヴァリンが頑張ったおかげでデストピアは回避されましたが、過去の映画展開は改変され、ジーンどころかサイクロップスまで生き返ってしまいました。最後にサイクロップスが出てきた時は笑いそうになりましたよ。アメコミ仲間の友人も同じだったみたいです。うん、『ファイナル・ディシジョン』を観ていたら、あそこは笑うところだ(笑)。

しかし、この「無かったことに」というのはどうなんでしょうね。アメコミ戦士からすれば「まあ、よくあることだし」で済みますが、そうじゃない人はどう思うのでしょう。「もうX-MENは観ない」となるのか、意外と簡単に受け入れてくれるのか。後者であることを願ってやみません。デビュー作を文庫版で全部改編した自分にとやかく云う資格はないけど。

さて、次回作は?

正直、歴史が改変され、プロフェッサーXがウルヴァリンに「(新しい歴史について)ゆっくり話そう」と云った時には、これでX-MENは終了だと思いました。だって、この上ないハッピーエンドじゃないですか。

でもエンドクレジットが終わったらアポカリプスっぽい人が出てきたので、まだ続くみたい。ホースメンらしき姿もあったし、次回作ではアポカリプス軍と全面対決になりそうですね。アポカリプス自体は「適者生存」を掲げている割に負けてばっかりなのであんまり好きじゃないのですが、サイクロップスの因縁の相手でもあるし、次の敵としてはふさわしいと思います。

ただ、気になるのは原作との乖離。今回、めでたくプロフェッサーX、ジーン、サイクロップスが復活した映画版ですが、原作の方はというと、

  • プロフェッサーX…ダークフェニックス化したサイクロップスの手によって死亡。その前の数年間も、ほとんど引退状態。
  • ジーン…(後に偽物だったと強引に設定変更された)マグニートーに殺され、10年以上死んだまま。 最近は10代のジーンが過去からやってきてAll New X-MEN誌に登場。
  • サイクロップス…ウルヴァリンと袂を分かったり、テロリスト扱いされて地下に潜って学校をつくったり(ようやく状況が改善されつつあるっぽいけど)。

こんな状態ですからねえ。90年代前後のX-MENを思わせる編成となった映画版ですが、原作がこれに合わせるのか、現状の路線を突き進むのか、これからも注目です。個人的には『ファースト・ジェネレーション』の時も思ったけど、若プロフェッサーXがかっこよくて好みなので、若返らせて復活してくれるとうれしいのですが。

……と、ここまで書いておいてなんですが、仕事が立て込んでいて、この数ヵ月はアメコミを一冊も読んでいません

どんどん積ん読が増えているので、急展開で上記の設定がひっくり返っていたらごめんなさい。

天祢 涼(あまね りょう)
天祢涼